大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和51年(オ)937号 判決 1979年4月17日

上告人

財団法人学徒援後会

右代表者理事

平間修

右訴訟代理人

宗政美三

外二名

選定当事者被上告人

田中誠

岡本一郎

枇杷木秀範

朝彜隆

杉浦吾朗

八木良治

田中卓夫

(選定者は別紙選定者目録記載のとおり)

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人宗政美三、同立崎亮吉、同廣兼文夫の上告理由について

仮処分における被保全権利は、債務者において訴訟に関係なく任意にその義務を履行し、又はその存在が本案訴訟において終局的に確定され、これに基づく履行が完了して始めて法律上実現されたものというべきであり、いわゆる満足的仮処分の執行自体によつて被保全権利が実現されたと同様の状態が事実上達成されているとしても、それはあくまでもかりのものにすぎないのであるから、このかりの履行状態の実現は、本来、本案訴訟においてしんしやくされるべき筋合いのものではない。しかしながら、仮処分執行後に生じた被保全権利の目的物の滅失被保全権利に関して生じた事実状態の変動については、本案裁判所は、仮処分債権者においてその事実状態の変動を生じさせることが当該仮処分の必要性を根拠づけるものとなつており、実際上も仮処分執行に引き続いて仮処分債権者がその事実状態の変動を生じさせたものであるため、その変動が実質において当該仮処分執行の内容の一部をなすとみられるなど、特別の事情がある場合を除いては、本案に関する審理においてこれをしんしやくしなければならないもの、と解するのが相当である。これを本件についてみると、原審の適法に確定した事実によれば、上告人は、被上告人選定者らを相手方として、本件建物所有権に基づく明渡請求権を被保全権利とする本件建物明渡の仮処分決定(広島地方裁判所昭和四五年(ヨ)第四三二号)を得たうえ、昭和四五年一一月二二日(本件第一審係属中)、その執行として本件建物の明渡をうけ、その後にこれを取り毀して滅失させたというのであるが、単に建物の明渡にとどめることなくさらに建物を滅失させる必要があつて右仮処分がされたなど、先に判示した特別事情に該当する事由があることは、なんら主張立証されていないところである。そうすると、原審が、仮処分及び本案請求の目的物について仮処分執行後に生じた事実状態の変動は、本案請求の当否を判断するにあたつてこれをしんしやくすべきものであるとの見解のもとに、本訴請求の目的物たる本件建物が滅失したことを理由に上告人の請求を棄却したのは、結論において正当としてこれを是認することができる。所論引用の判例(最高裁昭和三一年(オ)第九一六号同三五年二月四日第一小法廷判決・民集一四巻一号五六頁)は、堰堤敷地の一部として買収された係争地上の建物収去同土地明渡を命ずる満足的仮処分において、同土地を堰堤工事のため緊急に水没させることが当該仮処分の必要性を根拠づけており、かつ、実際上も仮処分執行後に同土地を水没させたという事案に関するものであるから、本件とは事案を異にし、本件に適切でない。それゆえ、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(横井大三 江里口清雄 高辻正己 服部高顯 環昌一)

別紙選定者目録<省略>

上告代理人宗政美三、同立崎亮吉、同廣兼文夫の上告理由

第一点 原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背があるばかりでなく、最高裁判所の判例にも違背しているから破棄されるべきである。

一、原判決は「本件建物が現存しない……から、その所有を前提とする本訴請求は理由がない」として上告人の建物明渡請求を棄却している。

二、しかしながら本件建物が現存しなくなつたのは、原判決も認めているように、上告が被上告人らを相手とし、本件建物の所有権に基づく明渡請求権を被保全権利とし、その明渡を求める仮処分を申請し、その旨の仮処分決定(広島地方裁判所昭和四五年(ヨ)第四三二号事件)を得、その執行として、本件建物の明渡を受けたうえ、自ら取毀したがためである。

このように満足的仮処分の執行により建物の明渡が行われた場合は、後に右建物が明渡請求権者の手により取り毀されたとしても、本案訴訟の審理に当つては仮処分の執行がなかつた状態において、換言すれば、依然として建物が存在し、相手方がこれを占有しているものとして、明渡請求の当否を判断すべきであつて、仮処分執行によつて生じた状態は勿論のこと、その後に生じた事実も、仮令それが目的物の滅失という事実であつても本案訴訟において請求の当否を判断する資料とすべきではないのである。このような場合にもなお仮処分の執行が介在せずに(換言すれば、建物の明渡がないまゝの状態で)建物が滅失した場合と同様に請求の利益を否定するのは、この種の仮処分制度の趣旨を没却するものであつて、失当な判断であると言わざるを得ない。

さればこそ最高裁判所昭和三一年(オ)第九一六号、同三五年二月四日第一小法廷判決もまた「特定した土地の引渡を目的とする本件の訴の如きものにつき、原告(被上告人)たる申請人をして権利の満足を得しめた所論内容のような仮処分の執行された場合は仮の履行状態が作り出されているのであり、その当否は本案訴訟の当否にかかつているのであるから、その仮の履行状態及びその状態の継続中に起きた新たな事態を本案訴訟の当否の為の判断の資料に供することはそれ自体理論的矛盾であり、従つて本件のように原告(被上告人)が仮処分の執行により特定した土地の引渡を受けた後、該土地が所論のように滅失したとしても裁判所はかかる事実を斟酌することなくして(換言すれば仮処分の執行のなかつた状態において)請求の当否を判断すべきものと解するを相当とし」、と判示して、満足的仮処分の執行により目的物の引渡しがなされた場合は、右仮処分の執行により生じた状態は勿論のこと、その後に右目的物が滅失したとしてもそれらの事実は本案訴訟における請求の当否を判断する資料にすべきでないことを明言しているのである。

三、そもそも満足的仮処分制度の存在意義乃至機能は、目的物の引渡請求権者が唯単に目的物の引渡を仮に受けることができるというだけでなく、仮に引渡を受けた右目的物を最終的には滅失せしめることもできるという点にあると言つても過言ではないのである。所有権に基づいて建物の明渡請求をなす者が、満足的仮処分を必要する場合は、明渡を受けた右建物を取り毀す緊急の必要に迫られている場合が普通であつて、唯単に明渡を受けた建物をそのまゝ保存するだけのために満足的仮処分を求めるということはむしろ稀れである。また土地その他の物件の場合においても唯単に引渡を受けたまゝの状態でこれを保管、保存するだけの目的で引渡の満足的仮処分を求めることは稀であつて、通常引渡の満足的仮処分を求める場合は、引渡を受けた後これを原状回復が不可能な状態にまで変更せしめる必要がある場合である。満足的仮処分制度の意義乃至存在理由は正にこの点にこそあるのであつて、原判決の如く、仮処分執行により引渡を受けた目的物を滅失せしめた場合は、本案訴訟における請求の利益も消滅したことになるというのでは、満足的仮処分制度の存在意義乃至機能の大半は失われることとなる。

四、(1) 原判決は仮執行の場合は執行後に目的物が滅失しても請求の利益は消滅しないが、それぞれ別個の手続によつて行われる仮処分と本案訴訟の場合は、仮執行の場合と同様に考える訳に行かないとして、縷々その理由を説明しているが、これは余りにも形式に囚われた論理展開であると言わざるを得ない。このような場合、両者を区別すべき実益は殆んどないし、また、現実問題として実務上満足的仮処分が慎重過ぎる程慎重になされている点を考慮すれば、両者の場合を同様に解しても何ら実害はないものと言うべきである。

(2) また原判決は、訴訟の係属中に目的物が滅失したときは原則として請求の利益がなくなるのに、満足的仮処分の介在する場合だけは請求の利益がなくならないとする合理的説明ができない旨判示しているが、満足的仮処分の制度が存在し、そして右制度が本来そのような機能を持つものである以上、満足的仮処分の介在した場合と、そうでない場合との間に自から差の生ずるのはむしろ当然のことであつて、それ以上の説明など却つて不要であると言うべきである。

(3) 更にまた原判決は、上告人が原審において引用した前掲の最高裁判所判決は事案を異にし、本件に適切でない旨判示しているが、右最高裁判所判決の事案も、本件も、ともに目的物の所有者が、所有権に基づく引渡請求権を被保全権利として満足的仮処分を得、その執行により目的物の引渡を受けた後に、所有者が右目的物を滅失せしめたという点においては全く同様であり、両者間の差は、ただ目的物が建物と土地、滅失の原因が取毀しと水没、という差だけのことであつて本質的な差異はどこにもない。少くとも本件において争点となつている「満足的仮処分の執行により目的物の引渡を受けた後、所有者がそれを滅失せしめた場合に本案訴訟における請求の利益が消滅するか否か」を判断するに当つては両事案の間に全く差異はない筈である。従つて右最高裁判所判決の事案こそ正に本件に適切そのものの事案であるというべきである。

五、以上要するに原判決は、民事訴訟法における満足的仮処分制度の解釈を誤つたか、或いは右制度と本案訴訟における請求の利益との関係についての解釈を誤り、また本件と全く同様の事案に関する前掲最高裁判所判決と異る判断をしているという点で法令に違背しているものと言わざるを得ず。しかして、右法令違背は判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背である。

よつて原判決は破棄されるべきである。

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